1.英語は小さい頃から勉強していれば上手になるわけではない?!~みんなペラペラになりたいけど…~
「英語がペラペラ話せるようになりたいなあ」と思ったことがある人は多いのではないでしょうか。かく言う著者自身も「英語がペラペラ話せるようになりたいなあ」と思っていましたし、なんなら今でも思っています。「アメリカに生まれていたら英語がペラペラだったのに、日本に生まれたから英語を勉強しなくちゃいけなくて損だ」くらいの乱暴なことを昔は思っていました。私だけではなく英語に対する憧憬を持つ人は多いようで、早くから英語をやった方がよい、という世論は寺沢 (2020, p. 132) によると2000年代には8割に上りました。つまり、世間と昔の私はこんな風に思っていたのです。
昔の私&世間「小さい頃から英語をやっていれば英語が上手になる!」
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「早くから英語を勉強させたほうがいい!」
しかし、早くからやれば効果があるのかというと、必ずしもそうではなさそうです。
2.小学校での英語教育の現状
この2020年4月から、小学校3, 4年生の間で「外国語活動」が始まり、小学校5, 6年生で英語の学習が教科化されます(本来は英語ではなく「外国語」という科目名なのですが、英語以外の言葉を教える学校は圧倒的少数派でしょうし、原則として英語を教えるということになっていますので、以下では簡単に英語学習が始まる、というように表記しておきます)。
小学校で英語を導入するということになった経緯は寺沢 (2020) に詳しく記載されていますが、簡潔に述べると、まず2002年に施行された学習指導要領の中で「総合的な学習の時間」に行う活動の1つに「英語」が盛り込まれたのがはじまりになります。今(2020年)の30代前半の人が中学生の頃ですね。しかし、この段階ではあくまで「総合的な学習の時間」に行う選択肢の1つであったため、全ての小学校で英語の授業が行われていたわけではありません。それから時間がたち、2011年に施行された学習指導要領で小学校5, 6年生に「外国語活動」を行うことが必修化されました。しかしこの段階でもまだ英語は教科として扱われていたわけではなく、コミュニケーションの素地を作ったり、英語に慣れ親しむということが目的でした。そして、2020年4月からは、小学3, 4年生では週に1回の外国語活動が、そして小学5, 6年生では週に2回、教科として英語を行うことになったのです。
ALT(外国語指導助手:ELTと呼ばれることもある)として英語を使える先生を呼ぶことは、そのずっと前から始まっていました。1987年にJETプログラムという国際交流プログラムが始まったのですが、このプログラムを通して来日した人が多くALTとして活躍するようになりました。各自治体に配属される人が多いのですが、自治体によって受け入れている人数が異なるため、ALTが学校に来る回数は自治体によって大きく異なります。ALTの中には学校に常駐しており、英語のクラスはほぼ全てALTが主導で行うような学校もありますし、学期に1回程度しかALTが来ない学校もあります。
さて、本題です。実は、こうして段階的に小学校教育に英語が取り入れられるようになっているのですが、実は子どもの頃から英語(外国語)を勉強しても、ペラペラになるわけではなく、話せるまでになるには、親子ともども相当の努力が必要だというのが研究者の間では知られています。
3.小さいころから英語の授業を受けてもペラペラにはならない!?~ペラペラになるためにはEFL環境とESL環境の違いが重要~
さて、先ほどの問題提起に戻ると、小さい頃から英語をやっていたほうが英語が上手になる、という考えはおそらく日本で日常生活を送る限り、不正解になるでしょう。というのも、日本でいわゆる普通の生活をしている限りは授業以外で英語に触れる機会がほとんどないからです。これは環境で言うとEFL (English as a Foreign Language) 環境と言われます。つまり、英語が外国語として使われている環境で英語を学ぶということであり、英語は生活に必須な言語ではないため、英語に触れる機会が非常に少ないという環境です。この環境では、たとえ子どもの頃に週に2時間程度の英語を勉強したとしても、身に付きにくいと言われています。
このEFL(外国語としての英語)と対比した表現にESL (English as a Second Language) がありますが、これは英語が生活言語として使われている環境で、英語が母語ではない人が英語を学習する時に使われます。平たくいうと、日本人がロンドンに行って英語を学ぶような場合です。EFL環境下とESL環境下での外国語学習と年齢の関係については様々な研究がなされていますが、間違いなく言えるのはEFL環境下(つまり日本で英語を学ぶ環境)で幼い頃から英語の授業を受けていたとしても、授業を受けるだけでペラペラになることは不可能だということです。なぜなら、そもそも英語に触れる機会が少な過ぎるのと、英語に触れたとしてもそれを話したり書いたりする機会がほとんどないためです。
そのため、より正確にいえば、小さい頃から英語をやっていたほうが英語が上手になるというのは、正解にもなり不正解にもなります。そもそもこの表現は、研究者から見ると非常に曖昧です。つまり、どんな環境で、どれくらいの頻度で英語に触れていれば、英語のどんなスキルが、どれくらい上達するのか、という様々な変数がありすぎるためです。しかし、簡潔にその内容をまとめると、日常的に英語を使う環境があれば、英語はより身に付きやすく、そうでなければ、学習効果は薄くなると言えるでしょう。
4.じゃあ、小学校英語教育って何をやるの?
小さい頃から英語を学び始めてもペラペラにはならないだなんてショックですね。昔の私に教えたらさぞかしガッカリするでしょう。では、ペラペラにはなれないのだとしたら、小学生のうちから英語教育を行う目的はなんなのでしょうか。小学校学習指導要領解説(文部科学省, 2017) によると、小学校3, 4年生での「外国語活動」では外国語(つまり英語)に慣れ親しみ、外国語学習(つまり英語学習)への動機付けを高めることが目標とされています。また、音声面を中心とした、コミュニケーションを図る素地となる資質・能力を育成することも目標とされています。つまり、週に1回しか行われない45分の英語の授業で英語を上達させようということはどこにも書いておらず、英語への情意面(つまり、英語を使ってコミュニケーションをとってみたい、などの気持ち)の発達や、コミュニケーション能力の育成に主眼が置かれています。
小学校5, 6年生になると、音声だけではなく「読むこと」「書くこと」も入ってきますが、コミュニケーションを図る基礎となる資質・能力を育成することに目標が置かれていることは変わりません。さすがに5, 6年生になると「知識を理解する」という文言は出てきますが、そのような知識を元にして実際のコミュニケーションにおいて活用できる基礎的な技能を身に付けるようにすること、と書かれています。つまり、あくまでコミュニケーション能力を伸ばすことに主眼が置かれているのです。
5.母語への影響~でも、英語の前に日本語をちゃんとやらなくて大丈夫?~
私のような仕事をしていると、「英語の習得の前に日本語をちゃんとやらなくて大丈夫なの?」という意見もたまに聞かれます。以前は研究者の間にもそのような意見が今よりたくさんあったのですが、EFL環境における週に1~2時間の英語の授業が母語(日本語)の習得を阻害する、という論は、少なくとも最近は研究者の間では箸にも棒にもかかりません。というのも、週に1~2時間の授業で英語が身につかないのに、その程度の英語が日本語の習得に影響を及ぼすというのはまったく論理が通らないためです。私は英語学習とダイエットを似ていると例えることがあるのですが、そもそもムキムキになるほどトレーニングをするつもりもないのに、気軽に行うダイエットでも以下のような論理をかざす人がいます。
ダイエットしたいけど、筋トレすると筋肉がついてムキムキになるのは嫌だから、筋トレはしない
これを、英語学習の母語への影響の考え方にしてみるとこうなります。
英語がペラペラになりたいけど、英語の勉強をして日本語を忘れるのが嫌だから、英語の勉強はしない
そもそもが、日本語を忘れるほど英語の勉強を猛烈に行うようなカリキュラムになっていない(ムキムキになるほど筋トレをしようとしていない)のにも関わらず、日本語への負の影響を考える(ムキムキになるのを嫌悪する)というのはおかしな話です。
6.多言語主義と複言語主義のちがい~現代日本の現状と、複言語主義の社会に向けて~
英語学習そのものから少し距離をとって考えてみると、「他の言語を幼いうちから行うと母語に影響が出るのでは」という考え自体が、モノリンガル環境にいる人たち、つまり生活をするにおいてほぼ1つの言語しか使わない人たちの考え方になるといえます。世界の中には、様々な言語が使われている環境に住み、自身も様々な言語を補完的に操る複言語主義 (plurilingualism) を取らざる得ないケースがよくあります。
ちなみに、複言語主義と似た言葉に多言語主義 (multilingualism) がありますが、多言語主義とは様々な言語が使われている環境のことを指し、複言語主義とはコミュニケーションのために1つ以上の言語を使って、互いの文化を理解しながらやりとりできる力のことを指しています。
日本は長いことモノリンガル環境で生活する人が多数派を占める環境でしたが、それが近年変わってきています。文部科学省による「学校基本調査」によると、平成18年は小学校・中学校・高等学校・中等教育学校・義務教育学校・特別支援学校にいる外国人児童生徒の数は計70,936人でしたが、平成30年には計93,133人と1.3倍になっています。また、日本語以外にも使用言語があると考えられる児童も多くいます。上記のうち日本語指導が必要な児童数は平成18年は22,413人なのに対して平成30年は34,335人と1.5倍に増えています。また、外国籍のこどもだけが日本語指導が必要なわけではありません。日本国籍でも日本語指導が必要な子供の数も増えており、平成18年は3,868人に対して平成30年は9,612人と2.5倍になりました。
このように、現在の日本では、日本語以外も使う人の数が急激に増えています。また、観光客も増えているので、小学生のうちから学校で英語を教えるという意味が、昔と変わってきています。日本の小学校に通う小学生全員が、少なくとも2つ目の言語に触れる機会を設け、他者や他の文化を理解しながらコミュニケーションをとるきっかけにするということが、今の小学校英語教育の大きな意義だといえるのではないでしょうか。
7. 英語教育の意義とその未来
2020年4月から、小学5, 6年生で英語教育が教科化されます。しかし、小学校の英語の授業で子供達の英語力が急激に高まるという期待をもししていたとしたら、その期待は裏切られることになるでしょう。なぜなら小学校での英語教育はコミュニケーション力をつけることが目的とされているためです。しかし、そうだとは言っても英語の授業なのだから授業は日本語ではなく英語で行うことが求められるでしょう。そのためには、現在小学校で教えていらっしゃる先生方にどうやって英語の授業をすればよいのかについての研修を受ける機会と時間を作ることが急務です。教育は、教員の質の担保無しには成り立ちません。教員がブラックだと言われているこの世の中だからこそ、教員がきちんと授業に向き合える時間が確保されるように改革が進んでいくといいなと思います。
参考文献
寺沢拓敬. (2020). 「小学校英語のジレンマ」. 東京:岩波書店.
今回の学び
・小学校での英語教育は、学習意欲の向上や、コミュニケーション能力の活性化が目的
・小学校における英語教育は、日本語の習得の邪魔にはならない
・日本でも、複言語主義的な環境が増えてつつある