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明智光秀の生涯が記された『明智物語』の現代語訳が書籍化されました!

明智物語明智物語

大河ドラマ「麒麟がくる」でおなじみの明智光秀の人生が描かれる『明智物語』を、現代の言葉に翻訳した本ができました!

1.一般的に知られている明智光秀と、「明智物語」の明智光秀 

 一般的に知られている明智光秀像は、小説などに出てくる明智光秀のイメージなのではないかと思います。そして、それらの小説では、足利義昭の使者として織田信長と対面するところが明智光秀の初登場シーンとなるのですが、そのときの光秀は中年にさしかかる年齢の人物として描かれます。

しかし、「明智物語」では元服前の光秀が登場します。すなわち、小学生か中学生頃の光秀が出てくるのです。時代小説などになじみがある方々にとって、子供の頃の明智光秀は新鮮に感じられるのではないでしょうか。

 また、小説などで描かれる明智光秀は、あまり前線に出ずに本陣で作戦指示をする知将として描かれています。その点、「明智物語」の光秀は、勇猛果敢な武将として描かれており、前線で活躍を見せています。このことも新鮮に感じられることでしょう。

2.大河で描かれている明智光秀と、「明智物語」の明智光秀

明智光秀の幼馴染『帰蝶』

 「明智物語」では、明智光秀に関わる女性の記述はありませんが、大河ドラマ「麒麟がくる」では、明智光秀は斎藤道三の娘の帰蝶と幼馴染という設定でした。これはドラマのなかでの創作ですが、この設定が創られた経緯を推測してみましょう。

 江戸時代に書かれた「美濃国諸旧記」という文献には、「斎藤道三の妻の小見の方は明智氏の出」という記述があります。ならば小見の方は光秀の親族かもしれないし、帰蝶は小見の方の娘なのかもしれないという連想から、光秀と帰蝶は幼馴染というドラマの設定が創られたと考えられます。

3.なぜ「明智軍記」がひろまったのか

明智軍記と明智物語の意義

 「明智軍記」は元禄時代に出版され、江戸時代の民衆の間で愛読されました。しかし、「明智物語」は内閣文庫で保管されていた文献であったため、長い間、一部の研究者が閲覧しただけに留まりました。

ここで、内閣文庫の沿革を説明しましょう。内閣文庫とは、明治政府が収集した文献に加え、江戸幕府から引き継いだ文献を保管していた図書館に似た組織でした。現在では、内閣文庫の蔵書は国立公文書館に引き継がれています。

このような内閣文庫に、「明智物語」が移された経緯については推測するしかありませんが、廃藩置県の際に、「明智物語」を所蔵していた武家から内閣文庫に「明智物語」が寄贈されたという可能性も考えられそうです。

このような「明智物語」の存在が知られるようになったのは、一九九六年に、関西大学中世文学研究会が「明智物語」の翻刻文を出版したことがきっかけです。これにより、「明智物語」の原文は一般の目に触れることになったのですが、現代語訳はこれまでなされておらず、「明智物語」はいまだ広く知られていません。

現在、美濃時代の明智光秀や、戦国時代の東美濃の状況はよくわかっていません。この理由は、明智光秀が幼少時代を過ごした戦国時代の東美濃の資料が極端に少ないからです。

そのような戦国時代の東美濃の事情を記した文献である「明智物語」を翻訳することによって、その内容を広めることは意義のあることです。「明智物語」にかかる初めての翻訳書である本書は、重要な役割を負っているのかもしれません。

そんな『明智物語』の現代語訳をkindleで読むことができます。

大河ドラマをAmazonプライムで見ることもできます!

大河ドラマ『麒麟がくる』でも描かれた明智光秀の生涯をこの機会に読んでみてはいかがでしょうか。

コチラの本もよろしくね!