新型コロナウイルス(COVID-19)が猛威を振るい、大学や小中学校高校など多くの教育機関が閉鎖・休校を余儀なくされました。この状況において授業を継続する試みのひとつとして、リモート(遠隔=遠く離れた)教育が行われています。
多くの教育機関は、教室での対面授業を取りやめ、オンライン授業に移行しましたが、パンデミックにおけるオンライン授業への移行スピードは前例のないほどでした。こうした状況下での優れた授業とは、そもそも何を指し、なぜ優れているといえるのかという点から、オンライン授業を説得的に整理していく必要があるでしょう。ここでは、オンライン授業に対する学生・生徒の反応に対する研究成果や、授業設計の仕方、種類などを解説していきます。
1.パンデミックによって、オンライン授業をアクティブ・ラーニングする先生たち
これまで一般的に行われていた対面授業には教員間で多くのノウハウが共有されていました。教員養成でも、行われるのは対面授業を基礎としたノウハウの伝授です。しかし、オンライン授業に関するノウハウについては、あまり積み重ねがありません。
これまでの、大きなスクリーンと黒板とチョークとボディランゲージで教室という集団社会を共有する積み重ねのあった授業を封印され、カメラの前でキーボードとマウスで授業コンテンツを動かしながら録画(またはLive配信)し、マイクに向かって話す経験に戸惑う教員も多くいます。
動画配信の素人である教員が録画授業を作成しても、決して高いクオリティが期待できることもなく、「自分はビデオ作りはちょっと苦手で…。授業でやってきたように、対面コミュニケーションで学生の理解を深める方に注力したいのですが…」というのが、教員の本音だろうと思います。
また、今回の新型コロナウイルスの状況下において急遽オンライン授業に挑んだ先生方の多くは、オンラインのメリットを十分に活かす授業デザインを設計する余裕がなく、それがオンライン授業の脆弱性として前面に浮き出てしまいます。
しかし、オンライン授業に関する研究の積み重ねがないわけではない
オンライン授業に関しては従来、教育工学研究者によって、リモート学習・分散型学習・混成型学習・オンライン学習・モバイル学習などを区別するために議論がなされてきました。
ただ、こうした議論や、その定義は他分野にはほとんど広まっていません。さらには、パンデミックにおける緊急事態時のオンライン授業は、専門家がこれまで行ってきた議論が十分に活用されていないことに加え、初めての試みでもありまったく蓄積がありません。
しかし、これを逆に捉えてみると、多くの教員がオンライン授業そのもののアクティブ・ラーナーとしてノウハウを蓄積できれば、オンライン授業の進化する余地が非常に大きくなることが最大のメリットとして、整理できるでしょう。さて、まずはオンライン授業の基本的な知識を紹介します。
2.オンライン授業の代表的な形態は3つ
オンライン授業の種類には、代表的なものとして、次の3つがあります。
①オンデマンド(録画)授業
②リアルタイム(Live配信)授業
③アクティブ・ラーニング支援システムの活用(おもに初等・中等教育の例)
具体的に見ていきましょう。
①オンデマンド(録画)授業
大人数の受講者を抱えるリモート教育でおそらく最も活躍するのがオンデマンド(録画)授業です。教員が事前に授業を録画して、受講者が配信された授業を視聴して学習に臨みます。これは多くの授業で採用されている形式であり、様々の教員が様々に授業を録画しています。
講義室で無観客授業を録画する教員もいれば、プレゼンテーションツールを利用してPC操作を録画したり、ビデオ会議アプリを活用して自身の顔を映像に盛り込んだりしている教員もいます。初等教育では、熊本市が小中学生向けの学習支援特別テレビ番組を放送した例もあります。
②リアルタイム(Live配信)授業
オンライン授業にはリアルタイムで配信する授業もあります。大きく分けて、このリアルタイム授業には2種類あると言えるでしょう。
1つめは、配信された映像をオンタイムで視聴する授業です。YouTubeなどのLive配信機能を活用し、テレビやラジオの生番組のように、事前に時刻を決めて教員が配信します。学生は、そのLive配信を視聴するだけなので、配信時刻が決まっているという点を除けば、オンデマンド授業と性質が似ている授業です。
2つめは、ビデオ会議アプリを利用した双方向型授業です。その特徴は、「教員と学生」「学生同士」が双方向で映し出され議論ができることです。ゼミナールのような少人数で議論を進めていく授業に採用されることが多いのですが、100人を超える大規模な授業でも見られます。授業をしている教員に質問やコメントを入力することで、それらに教員が答えて、双方向でコミュニケーションを図ります。受講者がとても多く、教員が質問やコメントに答えきれない場合、アシスタントティーチャーなどが返答し、教員側も複数で対応することもあります。
③アクティブ・ラーニング支援システムの活用(初等・中等教育の例)
教育機関が民間企業と共同してリモート教育に取り組むことも、ひとつの方法でしょう。アクティブ・ラーニング支援システムを開発している企業と協力して、在宅しながら子ども同士が共同作業に取り組むオンライン環境を提供している学校もあります。以下から、筆者の本務校である開智望小学校の取り組みが参照できます。
休校対策事例⑤:スクールタクトでお互いに「オススメの本」を紹介!(開智望小学校)
休校対策事例⑥:メディアリテラシーを育む授業案(開智望小学校)
紹介した例では、スクールタクトという支援システムを活用しています。このシステムによって、児童・生徒は自宅に居ながら、リアルタイムで他の子の学習の取り組みを見ることができます。そこにコメントを送って議論をしたり、「いいね!」ボタンを押して他の子の意見に賛同する気持ちを表したりすることができます。このシステムの特徴は、教員の授業を眺め、自分の知識をインプットしていくことではなく、他の子の取り組んだ学習や考えたことなどのオンラインから得られた情報に、リアルタイムにレスポンスしていくことができる点です。
以上が、代表的な3種類です。実際にパンデミック下で、オンライン授業をしている先生方は、どんな工夫をしているのでしょうか。さまざまな工夫をして授業に授業に臨んでいるかと思いますが、そのとき学生は、どのように感じているのでしょうか。次に、学生の反応に関する研究成果を見てみましょう。
3.リモート教育における学生の行動に関するデータ~オンデマンド授業と学力~
スライド映してしゃべるだけのオンライン授業でも学力は変わらない!?
ここでは、オンデマンド授業で、視聴者は何をみて、どう思うのかを、学生(及び一般)に調査した研究データをもとに紹介します※1,2。要点を箇条書きでまとめてみましょう。
- 学生が教員の顔を見てるのは授業時間の2割程度(対象は大学生12名)
- 6割の学生が教員の顔映像入りの授業動画を好んで選ぶ。3割の学生が「顔なし授業」を、1割の学生が「両方」を選択しました。(受講生は60名)
- ダイレクトアンケートの結果では、教員の顔あり授業について「理解が進む」と答えた学生は約6割でした。「顔映像は不要でスライドだけで十分」への回答は、肯定と否定で、ほぼ半分に分かれました。(対象は109名の大学生)
- 授業者の教員のことを知らない一般へのインターネット調査の結果によると、「顔映像あり(通常の動画)」「静止画(顔画像はあるが静止画のもの)」「顔映像無し(背景が黒のまま)」をランダムに割り当て、その動画の好みに関する質問「この動画教材はわかりやすそうだ」「この動画教材は理解しやすそうだ」等6項目に、「1:全くそう思わない」~「5:とてもそう思う」の5段階で回答してもらいました。その結果、全条件で、各項目全く差が出ませんでした。(対象は20-49歳の一般の方965名)
- 教員が実際にスライドをスクリーンに映して教室で授業をしているライブ風映像と、スライドと音声だけの授業とで、受講後、正誤判定等のテストを実施したが、両者の間に学力差は見られませんでした。(対象は20名の大学生・大学院生)
- スライドと音声だけの授業映像へは「集中できた」「十分な情報が得られた」等の肯定的な評定が、教員が実際に授業をする映像に比べて有意に高くなりました。自由記述アンケートには「講師が邪魔」「指示しているところではない講師の後ろの文字が読めない」といった教員が登場することへの否定的な意見もみられました。
これらの結果から、教員が苦労して作った「顔あり映像」や「実際の授業を録画した」リッチなコンテンツが、必ずしも理解を促進するわけではないということがわかります。情報を取り込むだけなら、シンプルな授業がよいと考える学生もいる、ということです。
しかし、情報を取り込むだけは、アクティブ・ラーニングになりません。アクティブ・ラーニングのひとつの形は、主知的(intellectual)な学びではなく、主体的(subjective)な学びです。オンデマンド授業で学生がアクティブ・ラーニングするならば、オンデマンド授業の形式に捉われずに、映像から流れてくる情報に積極的に耳を傾け、取り入れた情報を自分の興味・関心やこれまでの自身の経験と関連づけ、自分なりの物語性をもって理解していくことが望ましい学びとなるでしょう。
- ※1 ビデオ教材に教師の顔映像は必要か?(信州大学教育学部島田英昭教授によるnote)
- ※2 渡辺雄貴・瀬戸崎典夫・森田裕介・加藤浩判・西原明法(2014)モバイルラーニング動画コンテンツの指示方法に関する一考察 日本教育工学会論文誌38,109−112
4.オンライン授業のデザイン
オンライン授業は、次の9つの要因からデザインされることが先行研究から明らかになっています※3。これはたとえば、以下の項目の①からひとつ、②からひとつといったように、9つの項目から選んで、授業を設計してくというように、設計していきます。
例:①フルオンライン―②クラスペース(定期実施)―③35人未満―④解説型授業…⑧双方向型―⑨ピア(学生同士)によるフィードバック
※3 Barbara Means, Marianne Bakia, and Robert Murphy, Learning Online: What Research Tells Us about Whether, When and How Routledge, 2014). 筆者訳
オンライン授業のデザインは非常に複雑です。パンデミックにおけるオンライン授業では、この複雑なデザイン決定におけるプロセスが慎重になされていない可能性もあります。例えば、上に挙げた9つの要因からひとつずつ選んで、授業デザインについて考察するならば、単純計算で10万通り以上の変数があることになります。それだけでオンライン授業の準備のプロセスの複雑さが強調されます。効果的なオンライン授業に期待されるのは、十分に熟考して準備をするために、授業のねらいや文脈に合うように様々な要因から授業デザインを検討していくでしょう。ICTの活用に関しても、大学・学校が使い方を積極的に考えないと、緊急対策の中でIT系企業の方が面白い発想でよいサービスを作って、総じて大学教育・学校教育よりも支持されてしまうかもしれません。
パンデミック終息後も、オンライン授業は残り続けます。日本でも世界でも好きなところで社会勉強しながら授業を受けて、夏と冬の長期休暇に集まって勉強会ができるようになったりと、今まで考えられなかった学習モデルがオンライン化によって現実的になってきています。教育への社会の認識がダイナミックに変わる緊急対策の中で、教員がアクティブ・ラーナーとして、どのようなノウハウの蓄積ができるかという点が、優れた教育実践を語る上で大切になるでしょう。
ただ、オンライン授業とはいえ、アクティブ・ラーニングの要点は、対面授業の時とあまり変わりません。ピアとの共同作業のためのジグソー法や、シミュレーションと調べ学習が必要なLTD話し合い学習法などのアクティブ・ラーニング形式の学習法は、オンライン授業でも役に立つでしょう。詳しくは、こちらの アクティブラーニングの基礎理論 と アクティブラーニングの最新理論1 をご覧ください。
5.オンライン授業を主体的にすることがアクティブ・ラーニング
これまで学生は、履修案内冊子や掲示板に、予め示された教室に行けば授業を受講することができました。しかしオンライン授業では、メールなどで案内されたURLやアクセスの方法を学生が理解していないと、参加することができません。参加方法が理解されていないと、せっかく教員が準備をしていても誰も参加しない無観客授業となってしまいます。また、アプリを使用したり、YouTubeで配信したりすることで、授業や教員のやり方によって参加の仕方が様々です。学生の受信ボックスは案内メールで溢れ、メールに慣れていない新入生は、大切な情報を見落とすかもしれません。授業に参加するだけでも、積極性としてのアクティブさが必要になるのです。
また、ZoomミーティングやGoogle Meetなどのビデオ会議アプリを使用したリアルタイム授業では、対面授業と比べて受講者の身体的な動きが出やすくなったのではないでしょうか。例えば、受講者はお茶を飲んだり、立ち上がったりしていませんか。受講しているのが自宅で、タブレットを使用していたら、タブレットを持ちながら歩き回ることさえ容易にできてしまいます。対面授業では、望ましくないと考えられてきた受講態度も、自宅ならそのハードルが下がり、リアルタイム授業独自の動きが出てきます。こうした双方向型授業においても、アクティブ・ラーニングするならば、アクティブな受講態度を継続させる意識が必要でしょう。
先にも述べた通り、アクティブ・ラーニングは主体的(subjective)な学びです。「subjective」という言葉は、主体的の意味もありますが、話題性とも訳せます。オンライン授業では、アクティブに参加することにあわせて、リラックスして飽きないように上手に受講する方法を探求すべきでしょう。教室環境とは違った環境において授業を話題性の絶えないものにする工夫を、授業者も受講者も凝らさなければなりません。
COVID-19のパンデミックにおける教育活動を維持するためのリモート教育の規制緩和によって、各大学・各学校が強みを活かしたアイデアが試されているのが確かなようです。
今回の学び
1 COVID-19のパンデミックのための緊急対策として授業が急速にオンライン化
2 オンライン授業は、教員と児童・生徒、学生の共同のための工夫が必要
3 リモート教育でも、主知的な学びではなく、主体的な学び
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