1.親子関係と恋愛関係は似ている!?
「とてもつらいことがあったから君の声が聞きたくなったんだ」「あなたがいるから私は頑張れる」。このようなことを恋人や好きな相手に感じたことがあるかと思います。つらいときに恋人に慰めてもらったり、恋人がいることで仕事などの課題に一生懸命取り組めるといった経験です。これらの経験はあくまで一例で、これら以外にも、人は恋愛関係からいろいろな恩恵を受けています。そして、同様の恩恵は、恋愛関係以外の関係からも受けています。その関係の一つが親子関係です。
小さい頃を思い出してみてください。たとえば、「発表会で失敗した日、お母さんの前で悔しくて泣いた」「初めて自転車を乗るとき、支えてくれたお父さんがいたからペダルを漕ぐことに集中できた」といった経験があるかと思います。慰めてもらったり、課題に一生懸命取り組めるという点で、恋人関係と同様の恩恵(機能)が親子関係にもあると言えます。
このように、親子関係と恋愛(夫婦)関係にはいくつかの共通の特徴があると指摘されています。恋愛心理学の基礎理論では恋愛を色(色相)のように捉えた恋愛の色相環理論を紹介しましたが、今回は恋愛(夫婦)関係を親子関係に類似した側面があると捉えた成人のアタッチメント理論を紹介します。なお、ここでのアタッチメントとは「ある特定の他者に対して強い心理的な結びつきを形成する人間の傾向」と定義され、日本語では愛着と呼ばれているものです。
2.成人のアタッチメント理論とは?
成人のアタッチメント理論は、ボウルビィ(Bowlby)のアタッチメント理論を背景とする理論です。
もともと親と子(特に乳児)の関係について心理学的、精神分析学的に観察・研究していたボウルビィは、動物行動学的観点の有効性に気づき、その観点を取り入れてアタッチメント理論を提唱しました。
19世紀後半に近代心理学が学問として独立したきっかけとなった一つは、人間を神に近い存在としてではなく、動物に近い存在として見るという視点(詳細はサトウ・高砂, 2003※)でしたが、20世紀半ばにボウルビィが提唱したアタッチメント理論もその流れに与していたと言えます。
ボウルビィによるアタッチメント理論の提唱後、数々の実証的研究が行われ、それに伴い理論に修正も施されました。ただ、理論の要点は維持されました。その要点は、子どもと養育者(親など)との心理的な結びつきを重視し、養育者(アタッチメント対象と呼ばれる)との相互作用が子どもの社会的および感情的な発達にとって重要であるということです。
アタッチメント理論は、特に乳児と親の関係に焦点をあてていたことから、当初は恋愛(夫婦)関係にアタッチメント理論を応用できるとは考えられていませんでした。しかし、ボウルビィは乳幼児期のみにアタッチメントが存在するとは考えておらず、「ゆりかごから墓場まで」アタッチメントは人にとって重要であると考えていました。すなわち、特定の他者との心理的な結びつきの形成は、一生涯にわたって重要であるということです。
これを踏まえて、シェイバーとハザン(Shaver & Hazan)は、乳幼児期に親(養育者)であったアタッチメント対象が、青年・成人期では親しい対人関係(恋愛関係、夫婦関係など)に移行していくと考え、「成人のアタッチメント理論」を提唱しました。すなわち、年を経ることで養育者から恋人へアタッチメント対象が変化するとしたのです。その際に、根拠として、親子関係と恋愛(夫婦)関係の共通点を指摘しました。
3.親子関係と恋愛関係の共通点と相違点
共通点
シェイバーとハザンは親子関係と恋愛(夫婦)関係との4つの共通点を指摘しています。その4つとは、
1⃣ 近接性の探索(proximity maintenance:相手との物理的な近接性を確保し、それを維持しようとする傾向)
2⃣ 安全な避難所(safe haven:危険に直面した場合に相手から安心感を得ようとする傾向)
3⃣ 分離苦悩(separation distress:相手との分離、別離に対して抵抗し、苦悩する傾向)
4⃣ 安全基地(secure base:安心感を提供するアタッチメント対象の存在によって、アタッチメントとは関連しない行動が活発になる傾向)
です。詳細は表1(金政, 2013、p.65-66※)に示しました。簡潔に言えば、親子関係と恋愛(夫婦)関係においては似たような行動がみられるということです。
※金政 祐司 (2013). おとなの恋愛の成り立ち──2人で支え合うこと、「アタッチメント」という名の絆── 大坊 郁夫・谷口 泰富 (編) クローズアップ恋愛 (pp.62-71). 福村出版
相違点
また、乳幼児のアタッチメントと成人のアタッチメントでは共通点だけでなく、相違点も存在します。
それは、成人のアタッチメントには相手へのいたわり(世話)や性的欲求が含まれることです。しかし、実はこの部分の研究は不足しています。動物行動学においては愛着(行動)とともに、世話(行動)や、性(行動)も動物行動にとって重要なシステムとして考えます。
動物行動学の観点を取り入れたボウルビィは、愛着に着目していたものの、世話と性という他の二つのシステムの機能やそれらのシステムのダイナミクスも、対人関係にとって重要であると考えていました。にもかかわらず、その後の恋愛心理学の研究では愛着のみがピックアップされてしまい、世話や性については愛着に比べて研究が進んでいないところがあります。
話をまとめますと、成人のアタッチメント理論は、恋愛(夫婦)関係も親子関係と同様に、人と人が心理的な結びつきを形成し合っているアタッチメント関係にあると考え、親子関係のアタッチメント理論を成人の親しい対人関係に応用して形成された理論なのです。
4. 成人のアタッチメント理論を用いた最近の研究
「失恋から立ち直るには、次の恋を見つけろ」は科学的に正しいか?
研究内容
では、成人のアタッチメント理論を用いてどのような研究が行われているのかを確認してみましょう。日本の心理学界において最も歴史ある雑誌は『心理学研究』という雑誌です。この雑誌の中から最近発表された成人のアタッチメント理論を用いた研究を確認してみると、2019年8月に「元恋人へのアタッチメント欲求が関係崩壊後の反応段階の移行を遅らせる」※という論文が公開されていました。
※古村 健太郎・戸田 弘二・村上 達也・城間 益里 (2019). 元恋人へのアタッチメント欲求が関係崩壊後の反応段階の移行を遅らせる 心理学研究, 90, 231-241.
先に紹介したように、青年期や成人期では恋人や配偶者がアタッチメント対象となります。ですので、恋人や配偶者と良い関係を築けることが社会的および感情的な発達にとって重要なのですが、恋人や配偶者と良い関係を築くどころか、関係が終わること(関係崩壊)もあります。
その際に、いつまでも元パートナーをアタッチメント対象とすることは無理ですし、元パートナーと心理的な結びつきを得たいと思い続けることは新しいアタッチメント対象との関係構築を阻み、苦しみを生むかもしれません。
同研究ではこのことについて調べました。すなわち、元恋人へのアタッチメント欲求(同研究では、近接性探索や安全な避難所および安全基地として元恋人を求める程度の強さと定義されています)と、関係崩壊後の移行段階との関連を検討しました。分かりやすく言い換えると、元恋人と心理的な結びつきを得たいと思う程度と元恋人への未練の程度は関連するのかどうかを調べました。
同研究では、18-29歳の未婚の男女計325名を対象に調査を行いました。3年以内に恋人から別れを切り出されて実際に恋人と別れた経験のある人たちに元恋人へのアタッチメント欲求を調べる心理尺度と、関係崩壊後の反応を調べる心理尺度への回答を求めました(それ以外にもいくつか尋ねていますが詳細は割愛します)。
そして、各心理尺度への回答を分析しました。ちなみに、心理尺度とは、心理学において「心」をとらえるために使われる道具の一つで、複数の質問への回答に基づいて「心」を数値化するものです。たとえば、関係崩壊後の反応「思い出しても以前ほど悲しくならなくなった」に対して「非常にあてはまる」と回答した場合は未練の低さが4点、「あてはまらない」と回答した場合は未練の低さが1点、というように数値化します。
研究の結果
分析の結果、まず恋人との関係崩壊後の反応は3つの段階に分類されました。
最初の段階が「未練たらたら」段階です。正確には、失ったアタッチメント対象との関係を再構築しようと試みる抵抗段階と、アタッチメント対象との関係修復が不可能と認識し、無気力を示す絶望段階とが混合している段階です。
その次が「立ち直りかけ」段階で、絶望しつつも「これでよかったのかなと感じられるようになった」などの再構成段階(喪失を受け止め、感情が安定する段階)に徐々に入っていく段階です。
最後が「吹っ切れ」段階です。正確には、喪失を受け止め、自己や失われたアタッチメント対象に関する表象を再構成し、感情が安定する段階です。
研究の結果、この3つの段階の移り変わりやすさは、元恋人へのアタッチメント欲求の低さと関連していました。すなわち、元恋人と心理的結びつきを得たいと思わなくなった人ほど、「未練たらたら」段階から「立ち直りかけ」段階へと移り変わりやすく、同様に、元恋人と心理的結びつきを得たいと思わなくなった人ほど、「立ち直りかけ」段階から「吹っ切れ」段階に移り変わりやすかったのです。
ここからは、「失恋から立ち直るには、次の恋を見つけろ」というよく聞く教訓を、科学的に裏付けるエッセンスが得られるかもしれません。というのも、新しい恋人(あるいは、好きな人)とアタッチメントを築けたのであれば、元恋人へのアタッチメント欲求は低まる可能性が高いと考えられるからです。すなわち、昔の恋愛関係から新しい恋愛関係へアタッチメント関係を移行させることが失恋からの立ち直りには重要なのかもしれません。
5.成人のアタッチメント理論の進展と今後の恋愛心理学に向けて
成人のアタッチメント理論については多くの研究が実施されており、今では、現在進行中の恋愛(夫婦)関係だけでなく、過去の恋愛(夫婦)関係にも検討範囲が広がってきています。また、アタッチメントとは「ある特定の他者に対して強い心理的な結びつきを形成する人間の傾向」であることから、成人のアタッチメント理論は恋愛(夫婦)関係だけでなく、友人関係に対しても検討が進んでいます。今後もますます検討が進むと思われます。
ただし、アタッチメント理論は人間を動物の一種として見ることが土台となっている点を忘れてはいけません。人間は動物であるとともに、動物とは異なる部分もあります。それは人間が社会を創造していく生き物であるということです。別の言葉で言えば、人間は現状に適応するだけでなく、現状を打破し新しい価値創造を行う存在でもあります。
このような、動物を土台としない人間独自の恋愛を捉えるアプローチが今後の恋愛心理学には求められるでしょう。この点についてはいずれ別の機会に紹介できたらと思います。
今回の学び:
1.成人のアタッチメント理論によると、親子関係と、恋人関係は意外に近い
2.失恋後「未練たらたら」になるかどうかは、アタッチメント理論で説明できる
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